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カテゴリー「書籍・雑誌」の3件の投稿

2011年7月 3日 (日)

ブログ更新。新刊紹介。「わしらやましい探検隊」は、思ったよりやましくなく、女性も安心して読める。けど買いづらい人には電子書籍なんで、こっそり入手できるぞ、レジもないし(笑)という話。

7月から「アサヒ芸能」で連載していた、「わしらやましい探検隊」という連載約2年分が、ぶ厚い豪華電子書籍として、BookLiveから発売されることとなりました。PC及びアンドロイド端末で買えます。よろしかったらどうぞ。

http://booklive.jp/special/tokushu/id/yamashii

 そもそもこのタイトルなんですが、椎名誠先生の「わしらあやしい探検隊」のモロぱくりですが、平にご容赦を。タイトル通り、やましいところに行ってるのかというと、そうでもない。サブタイトルの、五十男の桃源郷を求めてというように、哀愁も帯びてないといけない。だからとがしと、30年ぶりぐらいに夏の新島にも行ったりもしました。当然何事も起こらず、持って行ったコンドームはお守りとして大事に持ち帰ったさ。あったりまえじゃん。ほかたったひとりでディズニーランドに行くというプランもあり、かえってこれは地獄だった。多分変質者だと思われたんじゃないか。へたに撮影してると、「キミカメラの中身を見せなさい」とか言われて、事務所に拉致されて「ほら、やっぱりエロ写真撮ってるんじゃないか」といわれ、「いえ、これは別なところでの趣味でして」と弁明すると、「ばっかも~ん。ほかでしてるなら、ここでもしてるんじゃ。ちょっと浦安警察に来てもらおうか」とか、言われたらどうしよう。実におっかなびっくり、命がけのレポートでした、どこが?

そもそも、男性誌で軽めのコラムを書くこと自体が、難しくなっている昨今であります。だって今はジャーナリトと称する、硬派な人が幅を利かせて、男はふざけちゃいかんという風潮です。昔、週刊新潮で連載を持つか、持たないかですり合わせをしていたら、最後にこう断られた。「軽めの記事は、女性がやるから、今回は~」だと。まあ一理あるんですけどね。けどこれしか、やれない男としては、なんとも言えないじゃないですか。

そもそも西原理恵子さんのように、女性はわりとふざやすいって、彼女はそもそも漫画家なんだけどね。西原さんは、絵のうまい下手に関わらず、己の画力で立派な仕事をなさってる。じゃテキスト原稿の世界はどうなのっていうと、硬いことを書かないと、ふざけてるとか、バカとか、バブルの残党とか、好きなこと言われてしまう。

そういえば、男性の軽めの表現者、渡辺和博先生は、もうお亡くなりになられて、田中康夫さんは国会議員となり、相変わらず軽妙ですが、ちょっと仕事の種類が変わった。まだノリノリで頑張っているのは、ホイチョイ・プロダクションぐらいでしょうか。そんななか、好きなことを書かせてくれた、アサヒ芸能編集部には、とても感謝しております。軽妙系男子ライター界に発展のためにも、この文化、是非残しておきたいものです。

今回は相棒の漫画家、とがし君のイラストも全部入っております。これも電子書籍の技術の高さのなせる技。是非お手に取って寝室にでも置き、一緒に枕でも濡らしましょう。なんのことやら。

2010年9月 5日 (日)

我が青春のキャバクラ冒頭公開

明日配信の、メルマガ、キムラ総研の我が青春のキャバクラは好評につき、前回の1話の冒頭部分を公開します。2000年の秋にいったい何が起きたのか、キャバクラブームの原点を探る貴重なエッセイであり、レポートです。

はじめに

 最近はめっきりキャバクラに行く回数が減ったが、40歳台の始めは鬼のようにキャバクラに通ってた。毎週2~3回は当たり前。ひどいと毎日なんてこともあった。あ~実に楽しい青春であった。その楽しいキャバクラで、いったい何が起きていたの
か。

そりゃ若いお姉ちゃんが目の前にいるわけだから、口説かないわけがない。失敗もあり、成功もありでついでに性交もありだ。そこらへんの話も含めて赤裸々にレポートしたい。題して『我が青春のキャバクラ』、オレたちはかく戦えりってことだ。

一応10年前とはいえ、皆さん元気に生活したり、あるいは結婚なさったりしているので、フィクションの形を取らさせていただく。店の名前は架空にしたが、想像はつきやすいかも。主人公の名前は「木下和夫」さんということで、ほんと、誰のことでしょうかね。

第一話 キャバクラ開眼

私、木下和夫が、初めてキャバクラに通いだしたのは、2000年、40歳の秋だった。もちろん今まで、キャバクラやクラブに何度か行ってたが、それはおつきあいとか、接待を受けるとかの類であり、1回行けばしばらく行かないというパターンで、キャバ嬢と密接な関係に発展はしなかったし、メールとかをやりとりする関係も続いてなかった。

そんな40歳の秋の夜長、旧友で仕事仲間、遊び仲間の鎌田君が連絡をよこし、渋谷のワイシャツパブへ行こうと誘われた。そこはセンター街から、ちょっと奥まったとこにあって、確かノーブラでワイシャツを着ており、1時間7000円とかの値段で、お手頃価格で飲めた。値段が安いので、ちょくちょくふたりで行ってたが、仲良くなるような関係のコはいなかった。ただ渋谷ゆえ、わりとすれてないなという印象で、昔の新宿の匂いのするキャバクラとは、だいぶ時代が変わってきたのを肌で感じていた。

(中略)

 何日か経って、鎌田君が連絡をよこし「六本木に凄い店を発見したんですよ、ちょっと今度行きましょうよ」と言うではないか。ほんとかよ~六本木なんて、ただ高いだけじゃないの~どこが違うんだよ~というや、「口では言い表せない良さがあるんです」というではないか。なんかよく分からないが、そこまで言うなら、行ってみようと、連れて行かれたのが伝説の店、今はなきファニーエンジェルである。

とまあ、ここから六本木で暴れまくるんですが、興味のある方は、キムラ総研読んでね。一ヶ月無料ですから、今、入りやすいです。

http://www.mag2.com/m/0001158675.html

2010年7月11日 (日)

カーセンサーは、とっくに電子書籍化してた?

 昨今の電子書籍ブームは、このラストチャンスにのっからないと、失われた20年が、失われた50年ぐらいになりそうな、悲壮感あるんで、もうみんな必死なんですけど。

 その電子書籍の先がけを、今はなきカーセンサー本誌が、やってたって話をひとつ。関係者に聞いた話だが、当初カーセンサーは、10万部ほどの売れている雑誌で、広告ノルマは、だいたいページ2.5台だったそうだ。つまり1ページ、くるま屋さんが広告を載せると、平均2.5台が売れていた。だから逆に、売れたくるまが2台未満、あるいはゼロとなると、そりゃもう、広告載せないぞってことに、一般的にはなってたみたいだ。全盛期のページ数は、1000ページぐらいあったかなあ。これを200~300円程度の凄く安い値段で売っていた。しかし製造原価は、約800円ぐらいしていたのだ。

 ここが、この雑誌の面白いところ。800円の雑誌を、200~300円程度で売って、採算が取れるのか?取れるんですよ、全部広告ですから、なんぼページが厚くても、広告料金で製作コストを補える構造だった。まあ売れてころは良かったのだ。

 ところが、ライバルのグーとかが成長して来て、部数が次第に減って行くことに。さあどうする?これもあんまり面白く、さらにエグいので、続きはメルマガで書くことにしますわ、7月19日配信のまぐまぐの「キムラ総研」で読んでください。
http://www.mag2.com/m/0001158675.html

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