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2011年7月 7日 (木)

ブログ更新。「わしらやましい探検隊」電子書籍化記念、傑作選公開だ。2回目は1980年代のセックスアイランド新島に、約30年ぶりに、初老のおやじが上陸だ。そこで起きたことは、誰にも言うなよw。

 おやじの夏休みスペシャルというわけで、やましい探検隊は、その昔、ギャルの入れ食いアイランドとして一世風靡した、新島に突撃するのじゃ。
 うちら昭和30年~40年代生まれのおっさんは、伊豆七島の新島といえば、太古よりナンパの島ということで崇め奉っていた。何を隠そう、私もとがしも、当時新島に行ってナンパしまくりましたからね。
 関西方面では与論島がそうゆう存在だったが、関東は断然新島だった。庶民が夏のアイランドリゾートとして手頃に楽しめるのが、伊豆七島や沖縄の離島であり、特に新島は波が荒く、サーフィンのメッカでもあった。そのサーファー目当てに若い姉ちゃんがたむろし、うちらはそのおこぼれをあずかったわけ。今ならグアムとか、ハワイなんでしょうが、当時の貧乏大学生にとって海外旅行は、高嶺の花だったのだ。
 というわけで新島に行けば女とやれる、まことしやかな噂が都市伝説のように流れていた。そんだけヤリ島の汚名をかけられながらも、女って不思議な生き物で、平気で新島に向かう。どうゆう感性してんだか。
 さて新島の思い出旅行に行く前に、当時の武勇伝を紹介しておこう。あれは確か、1982年の夏だったと思う。大滝詠一の「ロングバケーション」が、81年にミリオンヒットをし、その翌年も大ヒット。そんだけ、夏のリゾートにぴったしのアルバムだったのだ。
 うちらは日大と明治学院の3人の混成軍団で、竹芝桟橋に集合。民宿の予約なんかせずに、船で宿無しなしだから泊めてという、背水の陣作戦で行くことに。実はこれ、俺の発案だ。
 言いだしっぺだから、すでに船に乗船した時が勝負と心得ていた。デッキで夜風を浴びて、涼んでいる姉ちゃんに声をかけまくりだ。
 文科系のメガネ野郎だったけど、夜だから色白なのは分からない。口だけはうまいから「ねえねえどこに行くの~」みたいなノリで声をかけた。行くとこは新島に決まっているのにね。相手は背の高そうなすらりとした女のコと、背の低いずんぐりしたコの二人組だった。
 背の高い方は反応が良くて、いろいろ会話をして、予約した宿に案内してくれることになった。
 幸先よくナンパに成功し、うちらはその二人組の女のコをキープということで、ほか海にナンパしに行った。けど、夜になればその二人組と飲み会があるしということで、海でのナンパは不発だった。 
 仲良くなって行くのは、その凸凹二人組。それはそれでいいんだけどね。
 それなりに新島は楽しく過ごせたけど、凄い後日談がある。なんとその背の高い、俺が声をかけた女のコは、一緒に行った日大君と東京でつきあうことになってた。がーん?なんで。
 さらに時は流れて数年、なんとそのふたりは結婚してしまった。俺が仲を取り持ったんだけど、結婚式には呼ばれなかった。俺が行ったら、新島で出会ったってバレるからね。
 まあ俺がセックスアイランドを純愛の島に変えた男とでも言ってくれ。いい頃合だ、27年ぶりに新島へ行ってみるとしますか。
 今回はとがしも一緒、ふたりで竹芝桟橋に夜10時に集合。そこはすでに夏休みで、2隻の船が出港する時刻と重なってた。人は送迎デッキにはみだす超盛り上がり状態。これは、往年の新島の再来かあ~見送りの担当Aは、昔を知らないから、「凄いですねえ~これはもう、入れ食いですね」と、興奮気味に喋る。
 でも全盛時を知ってるうちらは冷静だった。昔はこの3倍ぐらい人がいたし、よく見ると家族連れや釣り客などが多い。若いギャル風は、いるにはいたが、カップなめこ汁のなめこぐらいの希少価値だ。昔はカキピーの柿のタネぐらいギャルがいたからね。目をつむってすくっても、手からこぼれ落ちたもんです。
 とはいえ自分の棒は1本、穴は1個あれば充分だ。早速デッキに行き、夜風を浴びてる姉ちゃんを物色する。気になるグループは2~3組いたか。驚いたのは、ナンパしているやつらが皆無だってこと。声をかけそうなパナマ帽メガネ小僧や外国人がいたが、見てる限り未遂で終わってた。
 そうなると平均年齢49.5才のうちらは、頭だけ20歳でも外見は初老のハゲ&白髪組だ。精神的には現役だが、外見的に無理があるのでしばらくオブザーバー役をすることに。
 その後、2等船室の雑魚寝部屋とか、甲板の上とか見てたが、みんな凄いとこで寝てるよねえ。でも昔は、階段で寝てたというか、寝る場所がなくて延々トランプをやってたからね。
 最後に食堂に行ってビールを飲んだけど、案外ガラガラだった。ビール700円だが、自販機は半額で買える。みんな予算が厳しいみたいだ。うちらも早めに消灯。明日に備えて、オナニーはなしにしておいたぞ。

さあここからどうなったかな?全部は書けないから、この先は電子書籍を買ってくれたまえ。とがしのイラストも毎回タップリついて1年分の連載が、たった500円。持ってけドロボーだね。

興味のある方は是非、紹介サイトへ。BookLiveという、大手凸版系、電子書籍屋さんで売ってます。PCとアンドロイド端末で買えます。よろしく。

http://booklive.jp/special/tokushu/id/yamashii

2011年6月12日 (日)

ブログ更新。仙台で大震災のボランティアや応援で泊まるなら東横インだね。だってウエスティンに泊まって、ボランティアしたら石投げられそうだもんね(笑)。

あの強欲社長のキャラクターとか、耐震補強問題で有名になったホテル東横インだけど、実はなかなか良心的経営してて、リピーターも多く大人気なのだ。数年前、甲府でラジオの仕事をしてて、1年間毎週甲府に泊まっていた。その時指定された宿が東横インだった。だから最低でも50回は泊まった計算になる。そういう体験を含めて、東横インの良し悪しを書いてみたい。

まず東急東横店と間違う名前なんだが、最初のホテルが、蒲田近辺にできて、それが東京と横浜の中間だったからつけたという話だ。だから東急グループとは一切関係ない。

サービスで人気なのは朝食無料サービス。5000円ほどの宿泊料金に、無料朝食がつけば、お客としては相当お金が浮いた感が強い。基本はおにぎりに味噌汁で、あと各店メニューは独自に決めて、漬物やトースト、カレーなんてのを加えている。食べ放題だから、朝は結構腹いっぱいになる。これが最大の人気だろう。ただしロビーに毛の生えたところで出すから混むし、合い席は当たり前だし、時間をずらしていくと、もう食べ物がなかったりと、これのどこがホテルと思えるって光景だ。そこらへんは工夫して欲しい。

部屋は狭いが、ウォシュレットトイレだし、シャンプーリンスも、ドライヤーも基本ある。ベッドは建物により、セミダブル、ダブルというのもあり、甲府では差額1000円ちょっとを払って、いつもダブルにしていた。有線LANがあるから、ノートパソコンで仕事もできる。甲府時代はそれでよく仕事をしていた。カウンターのようなテーブルも、さほどひどくない。男だからメイクしないから、ノートパソコンの大きさはスペースが余る、それでさくさく書ける。

伊集院静さんは、御茶ノ水の「山の上ホテル」が定宿で、自分のオリジナル原稿用紙に、手書き原稿だったなあと、この前テレビを見て感心していたが、東横インでノートパソコンじゃ、物書きとして風情はないね。問題はそれぐらいだが、これも時代かも。だいたいハリーポッターの作者のローリングも、第1作はお金がなくて、ドトールみたいなところで書いてたわけだし、場所は関係ない。

話を戻すが、ホテルで気に入らないのが、禁煙ルームが低層階になるということ。タバコを吸わない人を優先すべきでしょう。でもタバコの火の不始末で火事になるなら、高層階から燃えた方が下の人が助かる。そういう考えのようだ。だから時々、あまりに低層階をよこされると、上層階の喫煙ルームをわざと指定した。別に喫煙ルームだからって、タバコ臭いってことは稀だから。生活の知恵だ。

仙台には気づいたら東横インが4つもあった。朝のロビーの賑わいをみる限りほぼ満室だろう。実際他の東横インに電話したら、満室で断れた。大震災の時、仙台では部分復旧の段階で、いちはやく営業を始めたのも、東横インだった。3月末では、唯一と言っていいくらいの営業開始。沢山の人がそれで助かったはず。

あの御殿に住んでる社長も顔を出さなくなった。そのほうがいい。別に儲けてもいいからさ。基本従業員は、ほとんど女性だから、人あたりはいいのだ。

 とか書きながらさっきから、朝食コーナーをちらちら見に行ってるのだが、あまりの激混みに、あんぐりだ。あの座席がないなかで、トレーを持って並び、あてどもない空席を探すパワーがない。このホテルインターネットの早割りだと、33パーセントオフって、3000円台で泊まれる。いいんだけど、朝はねえ例え悪いけど、炊き出しだよ。けど今のこの時代、このホテルが支持されているというのも、皮肉だよね。

まさかウエスティンに泊まって、震災のボランティアに来ましたとか、ちょっと言いづらいでしょ。東横インは、泊まってても、世間で非難されないのが素晴らしいって、これは誉めているのか?というわけで、今から石巻に行って、親戚回りをしてきます。

2011年6月11日 (土)

ブログ更新。 太宰治の生家、斜陽館を見に、津軽まで行く。

 

そんなわけでJR東日本パスを使って、青森は津軽の太宰治の生家、斜陽館に行ってきた。行ってまずびっくりするのが、とんでもない田舎で、なんのへんてつもない淋しい街に、忽然と現れた他を圧倒する大きな屋敷という感じでしょうか。ここだけ周りの建物と明らかに違い、違和感が相当ある。家というよりも大旅館という風情だ。明治40年から、この姿だっていうんだから、どんだけ金持ちだったのかってね。家の向かいには、誰も利用しないだろうと思いつつも、青森銀行とみちのく銀行の支店が並んで営業している。これも異様な光景だが、実は青森銀行と斜陽館は、昔から関係があるというか、そのものだったのだ。

 斜陽館は太宰の父親の津島源右衛門が、明治40年に建てた屋敷で、設計は当時、青森一の建築家、堀江佐吉に依頼している。だから太宰の生家という理由で価値があるとともに、建築学的にも貴重だと言われているのだ。

父親は簡単に言えば成り上がりで、大地主になり、金融業も始め、金木銀行の頭取となる。その金木銀行が、昭和13年に、青森銀行に吸収されるのだ。だから斜陽館には、当時の帳場みたいなスペースが大きく取られて、金融業の店舗も斜陽館にあったのではないかといわれている。

家は2階部分も広くて、しかも洋間があったり、仏壇も見たが、金ぴかで仏壇というより、中尊寺金色堂って感じだ。太宰が生まれた部屋を見たときは、なんのへんてつもない部屋だったが、ここに歴史そのものがあったんだなと、ちょっと身震いをした。

屋敷は土間がセンターにど~んと広がり、家というより仕事場か。実際土蔵が2つ残っており、今は展示室になっている。土蔵には太宰の直筆原稿などもあり、案外字汚いじゃんと、ほっとしたり、推敲もすこぶる多いなあと、妙なとこで感心する。

ちなみに斜陽館とは、以前民間に売られて、戦後からしばらく、斜陽館という名の旅館になっていた。だから今でも通称斜陽館になっている。でも小説の斜陽は、愛人の太田静子さんがモデルで、金木の家とは関係ないんだよなあと。ちなみに太田静子さんと太宰の思い出の屋敷は雄山荘といって、小田原にあり、2009年に火事で消失している。

とはいえ津島家も家を売ってるから、斜陽はまんざら違ってないのか。ちなみに太宰の長女の園子さんの旦那さんは、この前まで厚生大臣で、自民党最大派閥の津島派の会長、津島雄二さんだ。今は政界を引退してるが、太宰の父が貴族院議員だと思うとね、まだ国会議員の血脈は、婿として続いているのかなと。ほか娘さんの太田治子さん、津島祐子さんは作家だし、文豪の血脈も未だ続いている。

今度は三鷹の太宰の墓でも行ってみますか。6月19日は桜桃忌です。去年、太宰の映画、「ヴィヨンの妻」や「人間失格」などを見たが、出来はともかく個人的にファンなので好きだ。また見たい。松たか子は、デブなのか、むっちりなのか、それも、もう一度確認したい(笑)

2009年5月11日 (月)

サバイバルゲームに参加

 いきなり飛び込みで、サバイバルゲームに行って来た。てぶらでも、全てレンタル可能なのでびっくり。実際、最初はおっかなびっくりだったが、始まるとすげえ楽しい。これはやみつきになるかも。

サバゲあなどれません。これにはまる大人の気持ちが分かる。もしゴルフを辞めたら、こっちに走るかなあ。結果的にはやられぱなしなので、凄く悔しい。誘われたらまた行くね。

2009年3月14日 (土)

ディズニーワールドの思い出

 世界不思議発見でディズニーワールド特集をやってた。過去に行ったことがあり、いろいろ思い出したのでつらつら書いてみたい。

 ちょっと自慢させてもらうと、なんとフロリダのディズニーワールドに2回も行ったことがある。そのなかでも1993年の旅は凄いですよ。任天堂の「スーパーマリオブラザーズ」の実写映画のワールドプレミアということで行った。そこで一緒だったのが、あの世界で活躍する100人にも選ばれた宮本茂さん。マリオの開発者として呼ばれたんだけど、当時、最初のヒット作ドンキーコングをどうやって製作したかなんて話をしていた。 今ではいい思い出ですな。

 ディズニーワールドは、夢の国なんだけど、当時はほとんどが白人の富裕層の街って感じがした。飛行機でやってきて、3~4泊して散々遊んで帰るんだから、そりゃ金がないと遊べませんよ。ディズニーワールドは、とてつもなく広くて、ゴルフ場だけでも5つある。日本人がディズニーランドと言ってるところは、マジックキングダムなわけで、周りをモノレールで繋いで、ひとつの街を形成している。そうゆう意味では、最近の東京ディズニーランドは、いい感じにでかくなっているかなと。

 そのゴルフ場に行くとミッキーの顔のバンカーがあったりと、結構面白かった。ボールなんて誰も探さないで、ばんばん打つ。せこい日本人は、ブッシュにボール探しに行くんだけど、そこで凄いことを発見。周りは湿地帯で、ブッシュの奥に行くと、ワニが出そうなちょっと怖いぐらいの沼地になっていた。つまりここはフロリダの湿地を埋め立てて作った、人工のネバーランドなんだなと実感。砂漠に作ったラスベガスと生い立ちが似ているんではないか。

 夢の国とうそ臭い街は似たもの同士。どうせなら綺麗に騙されましょうと。一番おかしかったのは、ディズニーワールドのオフィシャルホテルの朝食で、キャラクターが食事中に遊びに来るサービスがある。最近は日本にもあるらしいが、当時は珍しかった。
 
 そこでまず、皆さんサイン帳を買っておいてと言われた。なんのことはない、ミッキーとか、ドナルドのサインをもらうためなんだと。おいおいマジかよ、なんで着ぐるみからサインもらうんだよと思って、朝食を食べていると、ミッキーたちがぞろぞろやって来た。そしたら突如、音楽が鳴り出してレストランのテーブルの上にミッキーが乗ってだよ、踊り出す。ほとんどディスコのお立ち台感覚だ。子供らはそれを見て、超ハイテンションになって一緒に踊りまくりだ。サインをねだるねだる。このパワーは凄いよ。こっちもつられてというか、ミッキーはどんなサインをするのか興味があって、サイン帳を出した。踊りながら書いているから、字はぐちゃぐちゃで読めない。かろうじてミッキーのMが読めたぐらい。ちょっとおかしいが、この夢の王国では、一番価値のあるサインなんだよなあ。

 もっといろいろ思い出はあるが、またの機会に。ディズニーワールドは、日本から遠い、ロスからさらに数時間だからね。行ったら行ったで、何日か滞在しないと満喫できない。1週間でちょうど軽く1周見れるかなあ。ほんとでかいですから。

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