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カテゴリー「スポーツ」の6件の投稿

2010年10月30日 (土)

月曜配信メルマガの内容を少々。井上誠一を語るパート2です。

 井上誠一を語り出したら止まらない。今回は自分の行ったコースのなかで印象深いコースのインプレッションを書いてみたい。井上誠一は国内で42ものコースを作ったのだが、自分が行ったコースは、わずか15コースしかない。まだまだ世の中知らないことが多いですねえ。そして幾つかラウンドしてみて、井上誠一設計が全て名コースとは限らない、ということにも気づいた。それはスポンサーあっての設計家であり、無理難題を引き受けたとか仕方なく作った、あるいは制約があるという場合もある。でもそうゆう逆境ながら作ったコースで、井上誠一らしさを発見すると、小躍りして喜ぶ自分の姿がある。やっぱり、井上誠一プチマニアなんですかね。

 数ある井上誠一設計コースのなかで、誰しもナンバーワンと認めるコースがある。それは大洗ゴルフ倶楽部だ~。

とまあここから先は、すいませんが月曜配信のメルマガ、キムラ総研で。

http://www.mag2.com/m/0001158675.html

2010年10月23日 (土)

名匠、井上誠一を語ってみた。

 先日の日本オープンの開催コースは、愛知カンツリー倶楽部。設計は名匠、井上誠一。実は2009年の日本オープン開催コースも、武蔵カントリークラブ豊岡コースで、やはり井上誠一設計。過去10年ほど、日本オープン開催コースを調べてみると、2006年、霞ヶ関西コース、2003年に日光、2000年鷹の台、98年大洗と、いずれも井上誠一設計コースが選出されている。もちろん、他の設計者と比べて、日本オープンに選出される確率は断トツに多い。ちなみに日本プロの開催コースというのは、新しくても距離が長く難しければよしとされて、選定基準が日本オープンより甘いらしい。というか開催コースというのも、いろいろお金がかかるし、メンテも大変、チケットの販売もあるしで、昨今の不景気で名乗り出るコースは少ないと聞いた。

 しかし、日本オープンは別格である。日本オープンに選ばれるというのは誉れであり、伝統があり、格式ありと認められた証拠である。何ゆえ井上誠一のコースばかり、日本オープンに選ばれるのか、そして井上誠一とは何者か?少ない文字数だが、彼の人となりをちょっこし書いてみたい。

と今からいいとことろですが、続きはキムラ総研メルマガでお楽しみください。一ヶ月無料でお得です。

http://www.mag2.com/m/0001158675.html

2010年8月 3日 (火)

イチロー、200本安打に赤信号だけど、目標はピートローズ越えだ。

今年で10年連続200安打を狙うイチローだが、後半戦はヒットのペースを落とし、このままでは、大記録達成ができないという状況に追い込まれている。

 今までず~とマリナーズでやって来たから、松井のように強いチームで、好条件で試すということは、もうできないんじゃないかな。もし来年、どっかに移るにしても、今年衰えを見せると、安く買い叩かれてしまう。松井のように、安くてもいいから欲っしてるチームに行けるのか、その去就も見ものだ。

 個人的な興味では、今年の200本安打よりも、ピートローズの4256安打を、超えられるかに興味がある。将来的にピートローズの記録は、地味になって続ければ越せるだろう。どうせアメリカ人は、大リーグでの記録にこだわるから、イチローの日米通産記録としてなら、どうぞ破ってくださいとね。けど、今後は年齢も40歳に近くなるわけだから、200本安打なんて難しく、よくいる普通の大リーガーとして仕事をしなければならない。

 イチローはインタビューで、打者としての精神論をこう語っていた。例え3割3分打ったとしても、3回に2回は凡打だ。その凡打や三振する自分と、どうやって精神的におりあいをつけるかが難しいと。

 同じことを天才、ジャック・ニクラウスも言っている。あのタイガーの上にいるジャックでさえ、ゴルフの勝率って、わずか2割程度。残りの優勝をしない8割の試合、ぎりぎり予選を通ったような試合を、どう精神的に乗り越えてプレーするか、そうゆうのメンタルが大事みたいなことを、どっかで語ってた。

 答えは出てるよね。イチローは、昔ほどヒットが打てなくなった年齢と、うまく折り合いをつけ、そして過去の栄光をしょいながら、黙々と記録に挑戦しなければならない。殉教者って感じか。日本なら城島みたいに、番長になれるんだけど、多分イチローは、まだ大リーガーを続けると思うね。

 昔、イチローのお父さんに会って、お話を伺ったことあるんだけど、この親子の関係は半端なかったね。天才なのはひょっとして父親なのではないかと。
 小学生のイチローはまだ子供。将来はプロ野球選手になるんだと言うひとことで、毎日親子でキャッチボールをする。父親は夕方時間が取れたから、放課後は毎日ふたり野球。壁蹴りサッカーで育った小野伸二も真っ青だ。ほぼ365日毎日、野球ばっかり。近所じゃ有名な、野球ばか親子だったそうだ。こんな風にして育つんだから、そりゃ天才が生まれないわけない。

父親にイチローが、偏食激しいのを聞いてみた。子供の時から、野菜とか全然食べない。親はどうしたかっていうと、好きなのだけどんどん食べさせたそうだ。とにかく体を作れと。 好き嫌いは大人になってから、治るからいいんだと。お父さんの、長所だけどどんどん伸ばす教育って、ほんと素晴らしいですよね。

 自分が子供とき、好き嫌いが激しく、全然食べない子供だった。親は懸命に偏食を治そうとするが、子供だから無理だった。だから小学生のころは、ほんとガリガリ状態。特に家で出すミソ汁が、煮干からダシを取ってあり子供にとっては、すげえまずかった。遺伝的に身長があったから助かったが、暗黒の小学生時代は、骨も細くてほんと嫌だったもの。

 もしチチローがお父さんだったらなあ、好きなものだけ食べさすんだから、俺も大リーガーなれたかなあ。それはいいから、ほんと教育って何が正解なのか分かりませんね。

日本人として、日米通算でいいから、ピートローズのヒットを抜いてくれ。誰もが思う夢、叶えられる可能性があるのは、イチローひとりのみってことだよね。

2009年5月27日 (水)

ジョギング

 昨日も駒沢公園を2周、その前はゴルフ帰りだったので1周した。

体調によって、体の重さがわかって面白い。さすがゴルフ帰りはねえ、疲れて途中休み休み走った。

 1周は2.4キロぐらい。途中工事して迂回路があるからね。そこを最低で20分。調子いいと17分ぐらいで走る。凄く頑張っても、時速10キロ以下。でもジョギングは、汗かいてなんぼだから、それでいいと思う。まだ初めて2週間、徐々にスピードアップですよ。

2009年5月22日 (金)

ジョギング

企画もので、皇居のジョギングを体験したら、その必要性に目覚めて、駒沢公園をジョギングすることに。もうすでに4回走っている。1周が、2.14キロぐらいで、家から少しづつ走るので約2.5キロとなる。2周で約5キロで、丁度皇居一周と同じ距離。

 最初に5キロの皇居を走ったのが良かったかも。途中休みはするが、完走中。これは日課ぐらいの勢いで走りたい。理想は週4~5回走ることか、さすればメタボ解消になる。

 無理してダイエットをして、食生活をひもじくするなら、好きなもの食って、その代わりに走れば太らないとね。いつまで続くかなあ、とにかく体重を60キロ台に落とすまではやりたいっす。

2009年3月 9日 (月)

イチローを作り出したチチローのインタビューの思い出

 久々に時間ができたので、少しづつブログを再開して行きたい。

 再開1回目は、イチロー選手WBC3安打おめでとうということで、独占インタビューを過去にしたことがあるので、思い出しながらまとめてみたい。
 なにゆえ独占インタビューがとれたか、それはイチロー選手じゃなくて、お父さんのチチローだったから。なんじゃそれ。でも本当の父親ですからね、イチロー製造の秘密が、分かって非常に面白かった。

 チチローは、自分のことをダメおやじだと言っていた。イチローにとっては素晴らしい父親だったが、ほかの子供はほったらかし。親として、実のコに対してこんなに愛情の差、かまう時間の差があっていいのか。今となってはすごく、後悔というか反省しているという。

 でもおかげでイチローが大出世して、一族が潤ったのだからいいじゃないですか、みたいなことをフォローしたんだが、チチローは、半分ぐらいうなづいていた。でも納得した顔ではない。やはり決してお金では解決しない、親子の深い溝があったんだろう。

 どんだけ、イチローに対してバカ親だったか。それを語っていきたい。そもそもイチローが、プロ野球選手になると言ってたのが、小学生のころ。そのころって誰でもそんな夢を描くわけで、特別変わった少年じゃなかった。
 変わってたのは、むしろチチローのほうだった。そんな子供のたわごとに近い夢を、本気でかなえようと、連日放課後になるとキャッチボールの相手をしてあげていた。
 チチローの仕事は具体的に聞いてないが、家の近所で小さい工場を経営してみたいだ。だから夕方になると時間が取れる。会社を抜け出していたのか、さぼっていたのか謎だが、ほぼ毎日ず~と、4時ぐらいから親子野球をしていたそうだ。

 近所でもそりゃ、だいの大人が毎日仕事切り上げて、息子とキャッチボールかよみたいな白い目で見られたのは言うまでもない。小学生がプロを目指すとか、言ってもしょせん絵に書いたモチ、誰もが無理な話と思っていたのは当然だ。

 こんなエピソードがある。ある日イチローが野球をやりすぎてくたくたになり、足を相当疲れさせていた。お父さん足痛いよ~とね。それを見たチチローはイチローの足を、延々朝になるぐらいまで、づ~とマッサージしたという。やや誇張してるかなと思うが、この親ならやりかねない。それだけ、イチローを溺愛していたそうだ。

 チチローの努力の甲斐あってか?、イチローは中学になって、憧れの野球部に入れた。そこでイチローが、初めてチチローに反抗期みたいなことを見せたそうだ。

 夕方野球の練習が始まると、バックネット裏にしがみつくように見ているおっさんがいると評判になった。当然その人はチチロー。思春期を迎えたイチローは、単に恥ずかしがったんだろう。チチローに対して、みんな噂をしてるから、もう練習を見に来ないで欲しいと、言ったそうだ。

 が~ん、ショックを受けるチチロー。チチローの楽しみは、息子の練習姿を見るだけなんだから。人生最大の楽しみを奪わないで欲しい。でもイチローの気持ちも分かる。

 チチローはしぶしぶ折れた。今後練習を見にいかないとね。ほとんどこれは、星飛雄馬の練習姿をエプロン姿で見守る、姉の明子に近いものを感じますけど。
 チチローは息子の練習姿を見れなくなったら、ふさぎ込むまで行かないが、けっこうしょんぼりしていた。それを見かねたイチローは、すぐさま練習を見に来ていいよという許しを与えたそうだ。

 それから中学の3年間、ほぼ毎日、息子の練習姿を見るチチローの姿があったという。イチローの才能と努力は言うまでもないが、チチローの深い愛情と執念みたいなものがあってこそ、天才イチローが生み出されたのは、言うまでもない。

 子供相手にキャッチボールしてて、将来はプロ野球選手なろうな、まさに三丁目の夕日的光景ではないか。それを本当に実現させんだからね。あっぱれな親子ですな。

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